1964年 スカイラインは初代から2代目へ オーナーカー市場へ

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1964年(昭和11年)

全日本自動車ショーから名称を改めて、

第11回東京モーターショーとして開催されました。

 

※画像はイメージです。

 

この年四輪車の輸出台数は、

前年比47%アップの10万台弱で、

過去最高を記録しました。

 

日産のブルーバードは月産1万台を達成しました。

また、東京都内の自動車登録台数が、

初めて100万台を年でもあります。




1964年 スカイラインは初代は進歩的なファミリーカーを

 

PRINCE スカイライン初代

全長×全幅×全高:4280mm×1675mm×1535mm
ホイールベース:2535mm
車両重量:1310kg
エンジン:水冷直列OHV4気筒
排気量:1484cc
最高出力:60ps/4400rpm
最大トルク:10.75kg・m/3200rpm
最高速度:125km/h
燃料タンク:40L
トランスミッション:4速MT
乗車定員:6名
価格:120万円

 

 

 

初代のスカイラインは、1957年~1963年に販売されました。
中島飛行機を祖とする富士精密工業(後のプリンス自動車)が送り出した

ALSI型は、飛行機造りの技術を駆使して開発した進歩的なファミリーカーでした。

 

世界レベルの高性能を誇り、時代の先端を行くメカニズムと装備を数多く採用していました。

 

後期モデルは4灯式ヘッドライトを日本で初めて採用しました。
1.5L車に続き、'61年には1.9L車を追加しました。

 

 

 

 

1964年 スカイラインの2代目はオーナーカー市場へ

 

PRINCE スカイライン1500

全長×全幅×全高:4100mm×1495mm×1435mm
ホイールベース:2390mm
車両重量:960kg
エンジン:水冷直列OHV4気筒
排気量:1484cc
最高出力:70ps/4400rpm
最大トルク:11.5kg・m/3200rpm
最高速度:140km/h
トランスミッション:3速MT
乗車定員:5名
価格:73万円

 

 

2代目スカイラインはダウンサイジングしてオーナーカー市場を開拓しました。

洗練されたデザインで、1484ccのGI型直列4気筒OHVエンジンはタペット調整不要、

サスペンションはグリスアップ不要のメンテナンスフリーを謳っていました。

 

最終型では車名にニッサンの文字も加え、

1500デラックスは新設計のG15型直列4気筒SOHCに換装しました。

ちなみに1965年(昭和40年)の平均年収が50.7万円で、

大卒の初任給が3.7万円に時代でした。



日産自動車とプリンス自動車

 

昭和30年代後半、乗用車の輸入自由化に向け、

自動車産業は国際競争力をさらに高める必要に迫られていました。

 

日産は1963年(昭和38年)において、

生産シェア20%と日本の自動車業界にあって確固たる地位を築いていました。

 

しかし、さらに国際企業として発展するため、

プリンス自動車との合併を画策、通産省も強くそれを後押しました。

 

1963年(昭和38年当時)国内ナンバーワンメーカーのトヨタでさえ

年間生産台数は50万台に届かず、

世界トップのGMの年間生産台数460万台に大きく水をあけられていたのです。

まとめ

第二次大戦で破れた日本は、花形産業だった航空機産業からの撤退を余儀なくされました。挫折を味わったエンジニアたちが飛行機に代わって目を向けたのが、自動車だったのです。

時代は、オート三輪から自動車の時代になろうとしていました。
まだ主役はトラックや商用車でしたが、欧米を必死に追いかけ、その前には昭和40年代のマイカー時代が迫っていました。

中島飛行機をルーツとするプリンス自動車のスカイラインは、そんなエンジニアたちの夢を乗せたモデルだったのです。



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